きみのナワ。

イラストレーターになろうとじたばたしてる画学生です。ナワリョウガっていいます。

好きな小説のはなし

   気がつくと、頭の中で考えているのは何かについての批判になってしまう。

 

   ブログ記事にするほどのボリュームでもない考え事はツイートしようとも思うけど、そうするとぼくのタイムラインがなにかの批判や悪口だらけになり、見た方の気分を害するほか、ぼくのネット上における人望に影響を及ぼしてしまいます。

 

   だからたまには、無理にでも楽しい、好きな話を。

   突然に初めてしまうのです。

 

   さっそく突然に、ぼくは絲山秋子の「ニート」という短編集が大好きです。

 

   こんなこといっておきながら、買ったのはブックオフなので絲山秋子さんにはとても申し訳ないのだけど、そういう本は、独立したらいずれ、少しずつ新品を買い直したいですね。

 

   ともあれ、ほんとに好きな小説なのです。

   特に他の小説よりおもしろいとか、そういう魅力が所以になっているわけでもないんですが、おもしろいとかおもしろくないとか、そういう基準でいえば、マイケル・クライトンの「ジュラシック・パーク」とか湊かなえの「告白」よりおもしろい小説は、ぼくから見える世界には存在しないので、おもしろいかおもしろくないかは、小説においては問題にしていません。

 

   音楽同様小説も、それ自体が社会から求められつつ、ひとつひとつの作品は、誰にも求められず作者が勝手に、書きたくて書いたものです。

   純粋な表現行為、つまり芸術です。

   商業娯楽作品とは、分けて考えなくてはなりません。

 

   「ニート」については、他の小説より優れていると主張したいわけではなく、単純に、もっている小説の中でも特に好きという、ただそれだけなのです。

 

   収録されている表題作の「ニート」と、その続きの「2+1」が特に好き。

   主人公は小説家の女性です。

   飲み屋で知り合った、あえて関係に名前をつけるならセックスフレンドとでもいうような男性が、仕事をやめて稼ぎをなくし、それでも怠惰をもてあまし、ライフラインが切れて、具のないインスタントラーメンを一週間に三食食べる生活をしながらも、自分の生活を改善する努力をいっさいしたくないという状況にあることを、そのくせまめに更新される、彼のホームページの日記で知ります。

   

   働きたくない死にかけの彼を、主人公はよく理解していました。

   似合わないスーツを着るより、ニートでいるほうがずっと性に合っている。そして君はプライドが高いから、誰かに助けを求めるようなことは絶対にできない。このまま生活能力を失ってしまうまで、君は何もしないのだ、と。

 

   ふとしたことで彼の存在を思い出した主人公は、そんな悲惨な貧乏暮らしを知り、久しぶりにメールを送ります。

   やりとりののち、彼女は彼の口座に送金し、命を繋がせます。

 

   しかしその金もやがて無くなり、またしても貧乏に陥った彼を今度は自宅に招き、無駄に高い食事をしてたくさん酒を飲み合い、彼の不本意な気持ちも知りつつ、自分に寄りかからせるのです。

 

   彼女は彼を愛していない。好きだとかそういう言葉はいっさい出てくることなく、貪る惰眠と同じような無為なセックスをたまにして、やたらおいしい食事をさせて、怠惰で乾いた不思議なつながりとその関係を慈しむのです。

 

   芥川賞をとっていた「死んでいない者」というのもそうなんですが、こういう冷めてて、乾いてて、音や色が無くて、劇的でもロマンチックでもない、淡々としてなんの足しにもならないような小説が、ぼくは好きなようです。

   以前買ったアメリカのグラフィックノベルもそんな感じで、レイモンド・カーヴァーの小説のようだと評されていましたから、カーヴァーの小説もそんな感じなのかな。

 

   一言でいうなら、無表情。ぼくはこれらの作品に張り付いた無表情に、何度も読み返せる「常食」としての安定感を見出しているのかもしれません。

 

   登場人物の人間性が、いいや悪いで論われることなく、ただただ作品世界に「単純な事実」として存在する静物的な

(誤字ではありません)感触が、ことこの「ニート」においては、たまらなく好きなのです。

 

   疲れているときや、心が安らいでいるときなどが、特に読んでて心地いいですね。

   それこそ、「ジュラシック・パーク」のような、娯楽的かつ知的に刺激の強い小説はZEDDのようなもので、「ニート」みたいなものは、さながらショパンモーツァルトというところかな。

   どちらも大好きです。

 

   ひょっとしたらぼくは、常にストイックを振る舞うのに疲れて、この小説のように怠惰で乾いていたいと、読んでいる間は思っているのかもしれません。

   特にいまのように疲れて、ほんの少しやるせないような気持ちになっているときは、そういう小説を読むか、好きな人と何もせず、ただ時間の流れだけを聞いていたいですね。

 

   もちろん元気でやる気に満ち溢れたときなどは、そんな気は微塵も起きませんから、タイミングと気分の問題ですよね。

   ただ、ソースやマヨネーズよりは、醤油のほうが気分に関わらずいつでもおいしいかなというだけなのです。

 

   おすすめしたいというわけでもなんでもないですが、とにかくただ「好きだ」と書いた以上、この記事も芸術です笑

   こういうことでも書かないと、愚痴か問題提起か、そんなことしか書かないような気がするから。たまにこういうことはしようかな。

 

   ふと読み返したので、ささやかなお目汚しでした。

   いまやってるめんどくさいこと全部片付けたら、「ソラニン」でも観ます。