きみのナワ。

イラストレーターになろうとじたばたしてる画学生です。ナワリョウガっていいます。

ぼくが世を風刺する無謀

授業で、風刺漫画を描く課題が出ました。

 おもしろそうです。要はビゴーのあのイラストみたいな、ユーモラスなやつ。

 

しかし風刺漫画とは、何かに対してアンチな心がないと描くことができません。

 しかも、クスッと笑ってしまうようなものでなければならない。

 

つまりは典型的なブラックジョークということだろうけれども、悪くいえばそれは「嘲笑う」ということなのです。

 

世相ネタなら世相を、政治ネタなら政治を、国際ネタなら国際情勢を嘲笑しなければなりません。

 

それは、ぼくがしないように心がけていることでもあります。

嘲笑するような人間は嫌いだから。

 

今回の課題は政治家の似顔絵を描くことが必須事項らしいので、自ずと政治ネタを描くことになるんだと思います。

しかしここも問題で、ぼくは政治を解さない。

 

知らないものは嫌いになれないから、政治に対してアンチにはなれません。

 

しかし、ここでピンときたのが、ぼくは政治批判をする人間が嫌いだということです。

おそらくそれは、母親が政治家が嫌いだからだと思います。

 

母親はかつての安保騒動のとき、「戦争反対しにいってくる」といって出かけていったことがあります。

そしてシールズの本を買い、パソコンのデスクトップにシールズのなんとかさんの画像を使い、シールズのロゴが背中に入ったTシャツを着ていました。

 

実に気味が悪い。

 

バンドのCDを買って、グッズのTシャツを着て、カラオケでその人らの曲を歌いまくっているのとほとんど変わらない行為だけれども、嫌いと表明するのと好きだと表明するのとでは雲泥の差があります。

 

この例えがバンド教への入信だとしたら、母親のそれは政治アンチ教への入信といえるかな。

しかし具体性を持って世の中を動かし、広く世間に影響を与えるのは前者であるのではないでしょうか。

 

出馬するでもなく選挙をやり直すでもなく、ただ声高に批判と正論をぶつけ、同胞と肩を並べているだけのデモ集団より、ライブに行っている観客たちの方がずっと影響力があると思うのです。

 

さて、政治アンチのことは身をもって知っている。

つまり嫌いになれる。むしろなっている。

 

なので今回政治ネタで風刺漫画を描くならば、政治アンチのアンチとして描くのが一番いいのかもしれませんね。

 

ニュースをネットですら見ないから現代の世相もほとんど知らないけれど、政治批判はいつの時代もあります。

(もっといえば、どんな国でも自国の政治に批判的な人間は少なくない。結局人間の幸不幸は自分次第なのですね)

いつだって描けるし、歴史に残る。

 

すごくいやな課題だけれど、やるしかない。これでいこうと思います。