『ブラックパンサー』ネタバレレビュー、もといヒーロー映画の哲学を考えてしまった

集大成ともいうべき『アベンジャーズ・インフィニティウォー』へつながる重要な作品として位置づけられた、今回の『ブラックパンサー』。

 

一見さんお断りの様相を呈して久しいMCU作品群ですが、今回はブラックパンサーの初の単独作品とのことで、かなり初見でも楽しめる作りになっていました。

しかし、今後につながる重要な伏線としても機能している映画だと思うので、今回はそこを重点的に、楽しく感想を書いていきたいと思います!

 

 

今回MCUで起こったこと

 

MCUでは、シリーズ全体で見てもかなり大きな事件が起こっていました。

  • ワカンダがヴィヴラニウムの鉱山、およびそれを用いた超技術を持っていたことが判明。さらに、それを世界に共有し、国際支援施設を設立する。
  • これで地球上ほとんどの国が、MCUの舞台となった
  • バッキーの洗脳が解けていたことが判明

 

 これらについて、少しばかり考えてみます。

 

 

MCUと現実世界のさらなる乖離

 

MCUの作品シリーズとしては前作に当たる『スパイダーマン・ホームカミング』では、アベンジャーズの存在が市民に深く浸透していること、スタークは相変わらず社会への強い影響力を持っていること、ダメージコントロールの新設によって、チタウリやウルトロンの残骸をが処理されていることが強調され、主人公たちが高校生ということもあって、「一般市民から見たMCU」という図式が強調されました。

 

もともとそんなヘンテコなものが当たり前に存在するMCUは、現実世界とはいささかかけ離れたものになっていました。

そしてさらに、「MCUにおけるスネ夫君的存在」であったスタークの財力・技術力をもはるかに凌駕するワカンダの超技術の存在が判明。そして国王のティ・チャラは、それを世界と共有し、国際支援施設を設立することを決定しました。

 

これにより、MCUはさらに現実世界とはかけ離れたものになり、具体的には現実世界にも存在する弱者への救済」という「夢」が、 スクリーンの向こうで形になっていっているように思えました。

 

 

マーベルシネマティックユニバースという世界のあり方

 

わざわざ略称ではなく正式名称で書いたのは、改めてこの壮大で映画史上類を見ない世界観のあり方について、少し考えて見たくなったからです。

というのも、これを書いているいまふと「マーベルスタジオは、もともとMUCという世界をどう捉えていたんだろう?」ということを思ったのです。

 

一般市民の目から見たこの世界は、例えば『シビルウォー』ではかなり悲観的に描かれていました。

アベンジャーズ』における、NYでのチタウリとの戦い。ウルトロンの暴走、ソコヴィアでの事故。およびそれらによる一般市民の被害。

 

ソコヴィア協定をめぐる動乱で、大切な人を奪ったヒーローたちへの憎しみや、悪と正義の激突に巻き込まれ、「平和のためにはもはやどちらもいなければいい」という本末転倒な結論すら浮き彫りになりました。

 

しかしいまは、かつての悲観的な目線はやや回復したように思えます。

これまでの、世界にとっての希望だったヒーローたちが、本来守られるべき市民を巻き込む脅威であったり、ソコヴィア協定に違反した戦争犯罪者として見られた流れから、再び人類にとって必要な存在として描かれようとしています。

 

ここに、MCUという世界を構築する理念が、かつてと今で明らかな変化が見られるなとぼくは感じました。

 

 

ヒーロー映画は「観客」にとっての夢

 

『アイアンマン』からスタートしたMCU

彼らはこの段階から、なにを描こうとしていたのか?

 

それはおそらく、「スーパーヒーローが実在する夢のような世界」だったのだと思います。

 

当たり前ですが、現実世界にはスーパーヒーローは存在しません。

マーベルコミックのヒーローのみならず、スーパー戦隊も、仮面ライダーも、ウルトラマン宇宙刑事ジェダイの騎士も、全ては虚構の存在でしかないのです。

 

しかしながら、彼らは虚構であるからこそ、我々にとっての夢でもあります。

「こんなヒーローがいて、ぼくらを救ってくれたら」という夢こそ、この虚構のヒーローたちを生み出したエネルギーの根源です。

 

さらにいえば、これらの虚構に熱狂し、作ったり鑑賞する人たちは「こんなヒーローになって、世界を救いたい」という願望さえ持っていると思います。

教室を占拠したテロリストを撃退したい授業を抜け出して敵と戦ってみたい

みんな一度は考えることです。

 

というより、いままでのヒーロー映画はすべて、そんな夢を描く以上の目的はなかったのかもしれません。

アメイジングスパイダーマン2』のラストでは、そんな願望を象徴するかのように、暴れる敵の前に、スパイダーマンのコスプレをして立ちふさがる少年が登場します。そしてそんな勇敢な彼の前に、挫折から立ち直った本物のスパイダーマンが現れるのです。

 

このシーンは、「ヒーローがいてほしい」「ヒーローになりたい」というふたつの夢を、極めて象徴的に表現している名シーンだと思います。

ヒーロー映画をなぜ作るのか。なぜ観るのか。そんな哲学が込められたクライマックスです。

 

『アイアンマン』も『マイティ・ソー』も、はじめはそんな願望の表れでしかなかったのです。

「より現実世界に寄り添った設定と、リアルを追求し、圧倒的技術と予算で生み出される映像・衣装・美術」によって「いかにしてスクリーンの中にこのヒーローたちを実在させるか」というところに全力だったのでしょう。

MCUに含まれる作品の他と違うところは、技術力とセンスがずば抜けて高かったというところと、世界観の共有という、これまでなかった新境地を開拓した点でしょう。

 

そして10年という時を経て、マーベルスタジオはさらに別の境地にたどり着こうとしているように感じました。

 

 

もはやヒーローに夢はない

 

ヒーローが実在する世界を創造したマーベルスタジオ。

いわばMCUは、「もしもヒーローが本当にいたら?」というパラレルワールドともいえます。

 

当たり前ですがそんな世界を創造したのは「そんな世界を夢見たから」です。

しかし、その夢が行き詰まってきたのが『ウィンター・ソルジャー』のあたりからですかね。

ヒーローが存在する夢よりも、その力や立場を悪用する存在や、戦いによってもたらされる影響の深刻さの方が際立ってきた。

 

リアルさを追求していた路線の当然の行き着く先でしょう。ウルトラマンエヴァンゲリオンもこの問題に当たっていたものね。

その問題に真摯に向き合った結果、『シビルウォー』のような昼ドラになってしまったんですね。

 

つまりどういうことかというと、MCUの方が現実世界よりもひどい世界になってしまったということだと思うんです。

 

ヒーローがほんとにいたとしても、それは案外いい世界ではないんじゃないのか?

そんな地点にたどり着いたのだと思います。もちろんある程度意図的な流れだとは思いますが、それでも作品は生き物。当初の方向性からの然るべき結論ではあったのかもしれません。

 

それ以降、現実ではない世界を舞台にして「一般犠牲者を出さない」戦いを描いた『ドクター・ストレンジ』から、風向きが変わっていきました。

 

 

MCUはアメコミとリアルを融合したユートピアになる

 

では今回の『ブラックパンサー』で、この世界はどのように変わっていくのか。

それはまさしくディズニー映画のような、「みんなが幸せなユートピアだと思います。

 

ワカンダという国の設定は、それぐらいMCUにおいて重大な要素を持っています。

なにせスタークですら難しいと思われたバッキーの治療を、いとも簡単に行ってしまったのですからね。

洗脳を解く方法が見つかるまで冷凍睡眠させるという保留の形をとったのもつかの間、ワカンダに身柄が移ったらもう治ってしまったものね笑

 

そして、ワカンダの超技術を世界中で分かち合う選択も、まさにユートピアへの第一歩です。あんな技術を共有したら、困る人なんていなくなります。

ユリシーズ・クロウは、ヴィヴラニウムはまだまだ採掘できることを示唆していました。そのへんの、地球資源の問題にも触れていくのでしょうか?

ともあれ、今後世界中にワカンダの技術が導入されるのであっても、ヴィヴラニウムには当分困らないでしょう。

 

文字通り世界は変わります。

これまでの、ヒーローによって歪になった世界は、ワカンダの超技術というご都合設定によるテコ入れによって、劇的に人々を幸せにすることでしょう。

スタークやシールドがどう関わっていくのかも見ものです。

 

MCUでは、人類史上最大の進歩が起こった。

だからこそ、次に迎え撃つのは最強のサノス。

ワカンダは大いに戦力を担うことになるでしょう。

 

 

世界を制覇し、世界観そのものがより強固に

 

これまでアメリカ中心に物語が繰り広げられたMCU

しかしながら、キャラクターの物語は世界中に広がっています。

 

 

そしてアベンジャーズ4にあたる今後の新作では日本人のキャストを募集していたりと、日本でのロケが敢行される可能性が示唆されています。

日本にまでアベンジャーズが訪れるのであれば、MCUはほとんど全世界を描き切ったことになると思います。

 

それはまるで地図が完成したようなもので、今後も現実世界を反映しつつ、 より世界規模の「人類の夢」を描いていくのだと感じました。

 

 

集大成と世代交代への布石

 

毎回恒例のスタッフロール後のおまけ映像で、バッキーの洗脳が解けていて、その後はワカンダのどこぞの小屋に暮らしていることが明らかになりました。

そこでシュリはワクワクしたようなそぶりで「話したいことがある」と告げます。

この映画の本当のラストですね。いかにもマーベルらしい引きのある終わりでした。

 

当たり前の疑問ですが、話したいこととはなんなのでしょう?

彼は『シビルウォー』の当事者ですからたぶんその後の出来事についてでしょうけれど、ぼくらの知る限りあまり大したことは起こっていないような気がします。

 

時系列的にいつ頃のシーンなのかわからないので、おそらく『インフィニティウォー』の直前なのだと思います。ひょっとしたら『アントマン』の最後のシーンのように、新作の劇中の映像なのかもしれない。

 

話していたのがシュリであることと、あの表情から察するに、おそらく『インフィニティウォー』と関係があるのでは。そして、シュリが何かバッキーのために作ってあげたのかもしれませんね。

 

なんにせよ、新作へのワクワクは止まりません。

 

そして、今回のブラックパンサーと、去年公開されたスパイダーマンは、ともに『シビルウォー』においてMCUに初登場した新顔です。

そして今作ではバッキーが登場したほか、 『スパイダーマン』ではアイアンマンがメンターとして活躍しか、キャプテンアメリカも「体育教師が見せる義務のある映像」として登場しました。

 

スパイダーマン』でのトニーのメンターとしての振る舞いもそうですが、教材ビデオのキャップの、コスチュームのやや古いのが印象的でした。

新しいヒーローがセンセーションに活躍する中、これまでのヒーローはどんどん後手に回るか、古さが際立ってきているような気が。

 

新作では、アベンジャーズのメンバーの死亡も噂されていますから、およそ完璧と言っていい順序で、着々と世代交代への準備を進めているような感じがあります。

公開スケジュールと、それに応じた各作品の物語の構成が本当に素晴らしいですね。

 

 

最後に

 

これまで以上に重要な世界観への影響と、物語上のつなぎの役割を担った今作。

単純に映像・美術・衣装・音楽の全てにおいて優れた作品であることもいうまでもないと思います。

黒人監督・黒人監督の映画としても快挙を飛ばした作品でもあるので、ただただすごい。リアルタイムで観なければならない映画だったなと感じました。

 

何より、ヒーロー映画を観る意味を考えさせてくれました。

 

ヒーロー映画でもはや負けることを知らなくなったマーベルスタジオですが、今回から見えてきた路線変更は、さらにその上をゆくものだと思います。

他のヒーロー映画を全て過去にしたユニバース構想の先で、これまでのMCU作品すら過去にした『ブラックパンサー』。

 

いいものを観ましたね。我々は。

この幸福で、明日も生きていきましょう。